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みたらし


朝早く目が覚めたので、下鴨神社(加茂御祖神社)のみたらし祭へ行く事に。
下鴨神社のHPによれば・・
平安期の頃、季節の変わり目に貴族は禊祓いをして、罪、けがれを祓っていた。土用の丑の日に御手洗池の中に足をひたせば、罪、けがれを祓い、疫病、安産にも効き目があるといわれている。毎年、土用の丑の日に境内御手洗池に祀られている御手洗社において「足つけ神事」が行われる。老若男女が集まり、御手洗池で膝までを浸し、無病息災を祈る。
とある。
土用の丑の日は過ぎているが、まぁ良いだろう^^
御手洗川に入れるのは一年で今しかないし、夜に行ったら人が多すぎて神事というよりも、小学校でプールに入る前に足を消毒する塩素がキツイ場所みたいで嫌だ。

下鴨神社 参道8時半頃に下鴨神社へ到着。すでに駐車場は半分程度埋まっている。
木々に囲まれた参道を歩きつつ、本殿へ向かう。人もまだ少なく、気分的には清々しい^^
本殿前の左側にみたらし祭の受付がある。ほとんど人はいないが、整列用の綱が縄張ってあるという事は夜には多くの人が並ぶのだろう。

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明日で終わり


車を運転しながら、テレビを見る。6年前に購入した車と同時に取り付けたナビなので・・当然テレビは地上「アナログ」放送。
元々テレビっ子でもないし、運転中にテレビなんて見る事ないだろうと思っていたら、ナビを取り付けてくれたにぃちゃんが、勝手に運転中も見られるようにしてくれた^^;
しかし・・お昼時にニュースや天気予報が気になる時には、非常に重宝していた!

アナログ放送終了そのテレビが明日で終わるという画面表示が!
「ご覧のアナログ放送の番組は7月24日に終了します。」
あぁ、覚悟はしていたがついに来たか・・まぁ自宅のテレビとアンテナは地デジ対応にしてあるし、車だけの事である。
と・・次の一文が・・
「デジタル放送の準備をお急ぎ下さい。」
おぉ、明日終了という事になってそれを出されても・・^^;
テロップ自体は以前からも流されていたのを流用しただけなんだろうが、明日に終了という今にこれを出すのは、ちょっとどうかと・・・。

アナログ放送も明日でおしまい。1953年から続いた地上アナログ放送が終了で時代が変わるというのに、いまいち感傷もない。なんだか・・。。
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黄金の綱を曳く


今年も、この日がやって来た!
祇園祭の山鉾巡行である。今回も前日の宵山で粽売り、日より神楽の警備と深夜遅くまでお手伝いをしての曳子参加。朝は7時半集合で非常に辛い・・。しかも雲一つない快晴である^^;

まず曳子の衣装に着替える。パンツは猿股から透けてはいけないという事で・・・白のブリーフ!去年の7月17日以来の出番である。足袋とソックスを足して二で割ったような「タビックス」という靴下を履き、草鞋を結ぶ。猿股に法被を着て、帯を結べば完成! 後はオプションで手拭などを装備する。
今年は以前からの憧れであった、帯の背中側に粽を挿んでのスタイルで巡行に参加する事にする。見た目にもちょこっとベテランの感じもあるし、浴衣に団扇って感じで^^なんだか風情がある。何よりも巡行を一緒に廻る事でスサノオのご利益が人より多めに付きそうな感じである^^v

鉾前景笠を被って鉾の前で記念撮影を行う。毎年の事だが、観光客にとって曳子が揃うのは珍しいらしく、記念撮影を行っていると十台以上のレンズで狙われる事に・・・^^; スポーツ選手が集合写真を撮られる時もこんな感じなのかも・・・。
ただ、それまでは観光客は歩道のみ通行可能というルールでみんなそれに倣っているのだが、曳子や車方が鉾の周りで準備をしだすと次第にそのルールが曖昧になってくる。まぁ年に一回しかない山鉾巡行だし、鉾に近づいて記念撮影したい気持ちはよく分かる。 しかし鉾のご神体はスサノオ。曳綱の先っちょまで神様が宿っているのである! そうなると鉾に近づく観光客を追い払ったり、鉾に触ろうとしたり、間近くの鉾正面に立ったり、曳綱を跨ごうとする人を追い払わなければならない。 文化と伝統に基づいて鉾とその御神体の威厳を守ろうとする事と、口うるさい取巻きとは紙一重であると感じる。

山鉾巡行開始の時間が近づくと、順番が早い山が前の方に進み出して雰囲気が出てくる。
さて囃子方も鉾に乗って準備万端!! まずは町内最後方に下がる。
スピードは非常に遅いが、スタートポジションについて、鉾への渡り廊下というフラッグが上がる!お囃子が鳴って、パワー全開!!
鉾が動くと見物人から歓声と拍手が舞い上がる^^ 綱を引張っている自分でさえ、あの巨体が動く事に驚く!

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もうそうの竹なのか


海印寺寂照院 山門仕事で長岡京市の海印寺寂照院というお寺へ行く。竹所の長岡京らしく竹林を抜けた山の麓にあった。
取引先を待つ間に、お寺の云われなりを見ながら歩き回る。
なんでも海印寺は九世紀初頭に華厳宗を修行し、国家を鎮護する道場として建てられたのが始まりらしい。その後色々あって衰退し、現在に至る・・とまぁこんな感じである(笑)
まぁ末端の末寺までなんやかんや云われがあったのでは、後世の日本史が必要な受験生にとっては迷惑この上無いのでこんな感じが良い^^

すこし境内を覗いて見る事に。
本堂と思われる建物に向かって石貼りがしてあり、すぐ左側に小さな碑が建っている。
「日本孟宗竹発祥之地」
えぇ!マジですか!! そんなテストに出るぞ的な情報は入り口の説明板には書いて無かったぞ!
裏面には、「禅僧道元が中國の杭州より孟宗竹を持ち帰り当地に植えられたのが日本の孟宗竹の起源とされております   寺伝より」む~という事はお寺が勝手に言っているだけって事!?
あやしい・・・。ぜひお寺には確たる物証を見つけて頂いて、入り口の説明版に堂々と書けるようにして欲しいものである^^
日本孟宗竹発祥之地の碑 「日本孟宗竹発祥之地」裏面
「日本孟宗竹発祥之地」の碑
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祇園牛頭大王


今年も祇園祭 山鉾巡行の曳子として参加する。二年目という事で、説明会中も宵山から当日にかけての動きも分かっているし、お偉いさん方の顔も分かっているので気分的に楽! ^^v
服装の話やら細々とした説明が終わって、さぁ、決起集会だ!というところで、曳子頭のKさんが声を掛けてきた。
「お囃子の練習風景を見ていかないか?」
子供の頃は同じ小学校で町内によっては、お囃子をしなければならない子供も多かったので、昔はよく見ていた光景だが、大人になってはあまり記憶に無い・・・。
「それでは!」という事で、お囃子の練習風景をみんなでぞろぞろと見に行く。

まだ鉾が建っていないので、お囃子の練習は鉾が建った時に渡り廊下を設えるスペースで行っていた。お揃いの浴衣と帯を締めた男集が、鉦・太鼓・笛を奏でる。
不思議なもので・・あぁ、このお囃子を聴くと祇園祭が始まったという気になってくる。

とKさんから一言入る。
「ここに八坂さんの神様がいるから、注意するように!」
とふとお稚児さんがいる祭壇を見てみると、その右側に「祇園牛頭大王」と記してあるではないか!「祇園牛頭大王」とは「スサノオ」の事であり、八坂さんのお祭りしている神様。
山鉾巡行も、八坂さんにお参りする為だけに鉾や山を動かす。宵山の日和神楽も八坂神社の御旅所まで奉納神楽を収めに行く。
Kさん曰く・・
「お囃子の練習する人間はまず、祭壇に二礼二拍一礼を行う。観光で鉾に上がる人間にまでは強要はしないが、曳子となる人間は最低限知っていて欲しいし、礼節を保って欲しい。」 
なるほど!その通りである!! 宵山前は粽売りと宴会に忙しいし(笑)、宵山は日和神楽もあるし次の日が気にかかる。山鉾巡行当日はお偉い様と違って曳子は見た目通りの肉体労働である。八坂さんにお参りする余裕は・・・正直余り無い。
であるなら、今気持ちを込めてお参りする時である。

今年も無事に巡行の朝を向かえ、山鉾巡行が終わり町内に戻ってこれるようお祈りして、自分の祇園祭が始まったのである^^
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さかっちです。

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